美容従事者による、情に棹され、世に流されながら思いを綴る、世界基準の自己満足怠慢BLOG.


by shibainuinu
先日、接客中にお客様からこんな事を聞かれた。

「男性に聞きたい事があります。男性から見て、女って持ち物感覚なんですか?」言い方はご想像にお任せする。しかし、挑戦的というか…世の男性に問うているように感じたけど…

女性を持ち物感覚で見ていたり、思っていたりするか、答は、それは違う。

確かに、僕の周りでは、一緒に連れ歩く女性が綺麗に越した事はない、スタイルが良くないと嫌だ、自分より身長が低くないと困る、何かまあ…色々聞く事が多い。この種の話題がまだ登りやすい年代なのか。
それに、僕から見てそのお客様は美人だ。客観的に見てもそうだろう。
なおの事、男性に関してそう思うのかもしれない。

そもそも、美人とは何かを考える。
顔のパーツが黄金比に配置されているか…とか?確かに、いるはいるだろうし、それに、こういう仕事をしているから、近いものは見た事がある。確かに美しい。それに、人によって外見に対する評価の仕方も違う。
でもそれはあくまで外見の話しである。

とても、世の中に広く、深く、長く言われ続けている名言をここに。

見た目じゃない、中身だよ

まあ、その通りではないか。

女性のいう持ち物感覚、というのは恐らく、男性がその女性を、まるでブランド物の何かのように周囲に自慢したりするような事…なのでしょうか?

冷静に考えてみよう。

それは結構なことではないか。

そう思ってしまう女性は(周りを見ていてそう思った女性もいると思うけど)自分が自慢の対象になることは嫌なのだろうか?なかなかに名誉な事だと思うが…。

それに、男性から客観的に見た意見を述べると、たまたま異性として意識した人が、たまたま美人だった、だけではないか。

正常な成人男性は、見た目だけでは付き合うとか、結婚したいとか、何とか、そんなこと早計な判断はしない…筈だ。
長期的な関係を望むのであれば、ある程度、お互いを許し合えたり(妥協)する性格の相性が必要だと思うが、いかがか。

それでも、そんな男はそこらにいる!という声にお答えすると、そんな男は人間ではない。

恐らく、俺は美人と、とりあえず付き合えたらいいんだ、顔、スタイルが大事(口には出さないだろうけど)、という男性は、性欲を満たすことを優先している。見るだけで良いなんて、綺麗事はない。
それは、理性が飛んでしまっているのと同じなので、もはや人間ではない。ただの哺乳類の動物である。
そんな男性とはさっさと関係は絶ってしまう方がいいかもしれない。
ここでは問題外の存在である。

確信に近い事を言うと案外、男性は女性の内面をしっかり観察している。
なので、外見だけが良いからお付き合いしたいとは思っていないはずだ。
なんだかんだ言って、魅力とはいわゆる雰囲気である。それは内面的なもので、外見だけでは計れない。

この種の話しは、この文章の男性を女性に、女性を男性に置き換えても言える事である。

あまり良い言い方はではないけど、外見はいずれ衰えてしまう。酸化して、しわくちゃにいずれなる。しかし、世間一般でいう心は、年齢に比例して老化はしたりはしない。程度はあるが。

外見が九割とか、第一印象が全てとか、そんな事はありえない。それはあまりに浅はかだ。どちらかと言うと、むしろそちらを疑った方が良いと思う。
テーマパークの着ぐるみの中の人が、なかなかのおじさんだったという話しと符合しないか。

僕等は外見の魅力を引き出す仕事をしている。外見の魅力を引き出すと、自ずと内面からも魅力が出て来たりもする。なのでこういった、お手伝いのような事をまだまだ出来れば良いなと思う。

という話しをお客様にして、少し…引かれたというお話し。
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# by shibainuinu | 2013-08-23 15:47 | 散文

ようやく気付いた

新たなテーマが生まれた

勘違いしないでいただきたいから、かなり強めに言っておこうと思う。
自己顕示とか、そんな類のものではなくて、ただ記録しておくべきと思ったので書いてみようと思ったのだ。なので、読む人によっては実害(気分良くない事)があるかもしれないし、そうでないかもしれない。
人それぞれ、捉え方があるからだ。


日常には「え?」「うん?!」「はぁ?」「もっかい言ってみろや!」のように思うことが、まぁ案外よくある。案外…いや、よくある。
特に人間関係や仕事で(世の中の問題でこの二つ以外に関連することがあるのか)散見される。
これは、こじつけかもしれないが、"疑問"の一種だと僕は思う。

一度抱いた疑問は放っておいてはならないのだ。今日気づいた、これ。痛かったわー。
これは、放っておくと、思ったより重大な事態になる。

要は…失敗する。
「え?」と思うということは、理解できていないということで、理解していない状態で、同じ問題が目の前に(避けられない状況)出現した場合、かなりの確率で失敗する。
これはほぼ間違いないはずだ。

失敗とは、いままでのツケなのだ。本当に今日気づいたんです。

しかし、疑問に対して必ず解答を用意する必要はない(すぐ解決できる問題はそう多くない)。ていうか、成功するまで正解はわからない。
疑問に対して、疑う姿勢が重要なのだ。答えはわからないにしても、対策は練ることができる。
そう対策だ。これに尽きる。案外不慣れなときはこの工程を端折ることは少ない。慣れてきてからがどうも詰めが甘くなる。誤って行動が最適化されている証拠である。
初心忘れるべからず、とはよく言ったものだ。
人間関係、仕事。このあたりで出て来る疑問はとりあえず、棚上げせず五分でもいいから考えた方がよい(明日からそうします)。
石橋は叩いて渡れ、という。叩き過ぎて割ってもよいぐらいだと、僕は思う。それだけ慎重になっていい。

仕事でいうならば、近道しない(端折らない)のが一番確実だろう。大体そうだけど、近道というとは悪路が多い。わざわざ危険を犯すなんてやめた方がいいに決まってる…そうさ…そうなんだ(…_| ̄|○)
あとは、思い付きや、勘で行動しない。これも最近気付いた。思い返せば、なかなかの失策数である。やめといた方がいい。ある程度の裏付けは要る。

では人間関係ではどうだろう。

そんなん、さっぱりわからない。

僕は、人間ほど美しい動物はいない(多少例外もあるが)と思っているけど、何せ、全てが流動的だ。読めない。というか、その能力が僕には全くもって備わってない。空気読めない。

僕の周りには、それができる人たちが多い。尊敬する。
その人たちの特徴は、共通していて、観察した結果わかったのは、人の痛みが分かる、ということだ。抽象的な表現だがこれは例外がない。これは間違いない。
痛みを想像するのではなく、分かってしまう人たち。羨ましい。
そして、そういった人たちは人間関係で失敗する確率が低い。失敗と思っていたとしても、それは僕からみれば認識違いのことが多い。失敗ではなく、選択の問題だったりもする。
人間関係の疑問においても、真摯に向き合っているからだろう、結果的に、そういった人たちは良い選択をする。その分、悩んだり、憂いたり、悲観的になることも多いようだ。しかし、それは優しいから、人の痛みがわかるからだ。その苦悩は、きっと良い選択に繋がるはずだから、実に素晴らしい。

今更ながら、これは先週、茶屋町を散歩していて気付いた。
そして、更にいま気付いた。
人間関係に、失敗も成功もないのでは。人間は流動的だ、結果は常に変化する。

仕事は主観的、人間関係は客観的に失敗という要素を加えて考えてみた。人間関係は主観的に書くと、相当痛い人に、みえるだろうから控えた(既に痛いか)。
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# by shibainuinu | 2013-08-16 22:36 | 散文

やめてほしい

最近思うんですけど。。。美容室に来て既にイライラしているお客様。なぜです?

別にこれを書くことによって僕が怒っているとか、そういう訳ではないことを一応断っておきますが。むしろ非常に冷静である。

ここで公に書いていませんでしたが、僕は美容師をしている。
仕事をしている上で度々あるのだ。

ご案内する前から、既に少し、ご機嫌が斜に構えている(これは表現が違うか)お客様が。
まあ、もしかしたら受付の時点でなにか気に入らないことがあったのかもしれない。なかったのかもしれない。

受付とかそんなこと、僕には関係ない。今から接客し、技術を提供させていただくのは、この僕だから。
そういうわけで、非常に都合が悪い。

とにかく話が通じない。投げやりになっている。投げやり。これほど当てはまる言葉はない。
僕にその槍を投げないでほしい。自身の胸に突き立ててほしい(あるいは原因となった人物や事柄)

何年か美容業をしていると、嫌というほどわかるのだが、カウンセリングがかなり重要である。
これを怠ると、かなり高い確率で失敗する(自分で満足出来ない仕事になる)。
なので、僕からすると、どれだけイライラしていてもいいから、会話のキャッチボールだけはしてほしい。
ヒトとヒトの会話は「うん」「ああ」「はい」だけではどうも成り立ちにくいものだ。
挙句の果てに、「適当にやって」とかおっしゃる。

何を言っておられる。

無理に決まっている。僕はあなたではない。正直、完全にお客様の気持ちなど理解できるはずもないから、そんな東尋坊に強風の中、断崖で片足で立つようなことはしたくない。

うん、確かに僕もイライラすることはある。
しかし、イライラとは往々にして、自分の都合である。それがほとんどだ。

美容室というのは特殊で、自分の都合を持ち込める場所でもある。
しかし、持ち込んで良いのはこうなりたいという、前向きな思いに限る。それ以外は、僕はお断りだ。前述のイライラとか、カット・カラーを一時間で(この時間でベストは出せないと思っている)とか、そんなサンドバックのような仕事はしたくない。心にも時間にも、余裕を持ってご来店いただきたい。
したくない事をしてお金をいただくのが”仕事”ではあるが、八つ当たりされる覚えはまったくもってない。

心の広い美容師から言わせると「そんな時でも笑顔でベストを尽くすのがプロ」とか非難轟々であろう。
そんなん僕からするとただの、おかしな慣習である。ちょっとした躁状態である。トランス状態である。
こんな状態で何も思わないヒトがいれば、そのヒトは仙人か聖人である。あいにく、僕は一般的な成人男性でしかない。

そう、イライラというのは先程書いたとおり、自己都合によるもので他人に押し付けるのはお門違いだ。なので本来、発散させる方法は限られる。ヒトを使わない方法になる。
一例であるけど、最近デビューしたのだが、一人カラオケはなかなか発散に向いている。
その他にも色々あるだろうから、模索してはいかがか。

とにかく、美容室とは、そのときの鬱憤や憤怒を美容師に当てる場所ではないことだけは心得ていただきたい。とてつもなくイライラしているのであれば、キャンセル願いたい。
僕達、美容師が困るほどイライラしている客様は、おそらく、髪型を変えても気分転換にならないと思うから。

もし、イライラして来店されたときは、「今日イライラしているのでなんとかしてください」とか一言いただければ、僕は最大限の努力をする。なんでそこやねん、と思われるだろう。

助けを乞われれば、出来うる限りのサポートをするのが、サービス業の仕事だからだ。

一緒にその槍を持つことは出来る。

なので一言お願いします。




重ねて言うが、文句ではない。
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# by shibainuinu | 2013-08-14 22:21 | 散文

人間にだけ

LINEのタイムラインという機能を発見し、書いた記事をコピーペーストして、楽をしようとしている。なのでおかしな文だ。なじまない。でもいいじゃないか。そんな細かいこと僕は気にしない。

LINEにこんな機能(というのか)があったのをつい先程発見した。
これはFacebookのようなものなのか?

なんとなく書き込んでみよう。今なにしてる?と出ているが、そんなこと僕にはどうでもいい。何もしてない。どうせならお得意の長文だ。(Facebookでつながっている人は、またか、と思うだろうけど)

文字数の限界に挑む。

暑い。最近特に蒸しているし、大阪は樹木が少ないし、土地柄山に囲まれていて、なおのこと暑い。といっても仕様がない。だって夏だ。地球の公転に文句を言うつもりはない。

暑いと、色々考えてしまう。ぼーっとするからだろうか?
うちに帰って、本を読んでても、ランニングしてても、掃除してても、汗をかきながら様々な事を考える。

"想像力"をはたらかせる。

空想カットをする。空想ブローする。これがなかなか、有意義である。

僕の周りにいてくれている人たちの事を考える。考えたところでいつもおんなじ回答が得られる。いつもありがとう(ございます)、と思う。(このLINEで表示されている方々)

お客様の事を考える。同時に仕事の合理化を図る為の論理を考える。ホスピタリティも大切。いつも楽しませていただいて本当にありがたいと思う。

思う、というのは簡単だけど、人間にしか許されていない特権だ。

記憶するのは他の動物にもできるけど(限度はある)、思い出を作れるのは人間だけだ。

何かを美しいと思えるのも人間だけだ。
例として、僕は梅田茶屋町を散歩するのが好きである。
茶屋町からみる空が意外に美しい。NUとNU+の間に立ち、北(マクドナルド方向)を見上げる。まぁそれなりに開けた青々とした空が見られる。
単純に、良い気持ちになれる。嫌なこともほんの少しは希釈される。夏の空は本当に青い。
…と感じられる。

思いを言葉にできるのも人間だけだ。
これは素晴らしい機能だと思う。
これ程、強く、美しいものは他にあまり見られない。
言葉も想像力だ、と僕は思う。

なので(?)、時間があれば何かしら考えることにしている。
たまに何かしら発見もある。思いついたことを、友人にメールすることもある。鬱陶しいだろうな。
たぶん周りからみたら変な人だ(たまに言われる)。

読む人によっては引かれそう
しかし、それでいいのだ。
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# by shibainuinu | 2013-08-08 16:27 | 散文

ネコに生まれ変わったら

久しぶりに映画のお話を…少ない語彙でどこまで書けるのやら…

バニラスカイという映画、観られたことがあるヒトもおられると思いますが…10年以上前の作品ですよね、これは。

トムクルーズ演じる若い富豪が、ある女性(ペネロペクルス)と運命ともなんともいえぬ出会いをするわけである。
しかし、それを良しとせぬ恐ろしき嫉妬心にかられたもう一人の女性(キャメロンディアス)がトムに対して恐ろしい行動をとるわけで。
そこから彼の人生が大きく揺れ動いていく。
なんともなんとも要領をえないあらすじを…映画に申し訳ない。

これ、面白いです。
面白いって表現はなんか違う気がするが…
主人公が最後の問いに対して答えた一言がなんかこう、胸がスーッとするというか。清々しい気分になるのである。

全体的にヒトの足りないところや、脆さがビジュアルでも、メンタルでもさらにはBGMでも表現されていて胸が痛くなった次第。
それだけでなく、きちんとそれを補う存在たちもしっかり用意されているので、モネの空を美しいと感じられるのではないか。
無論、CGであろうけど、そんなことどうでもよいのだよ。そこにいるヒト達が美しければそれだけで全てが美しく見えてしまう。

む…

そうか…この映画は人の持つ本来の素直さや美しさを切り取ったものなのか。
その切り取るまでに、迷いやら、孤独やら…孤独ね…それらの臭いが作品に充満しているが、最後には綺麗に削ぎ落とされる。

その感覚が良かった。ある種の快感である。
それが前述の清々しさに起因するのである。

本来、サスペンスに、カテゴライズされるべきではないのかも。サスペンスじゃあないのである。



映画の脚本やら構成やらそんなことは到底わからん。全くもって無知極まる。そんなことに口を出せるほど人間出来ておらん。
なのでこれは越権行為甚だしい。

しかし、それを通り越してでも讃えたかったのだ。
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# by shibainuinu | 2013-06-08 00:08 | 活動寫眞